2011年6月19日、ファミリートーク新北島の「津波」想定訓練を通して眺めてみました。



左 大阪府の今年の新しいハザードマップ     右 発電所・石油等タンクの東北方向(火災の危険)


大阪府地域防災計画 冒頭 石油コンビナート等災害防止法に定める特別区域は除きます・・・どう解釈するの?

だから左の図に書きたしたのが右!(LNGがどうなるか私にはわからない⇒巨大爆発?)



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和歌山県広川町「稲むらの火の館」より

<仮説>イザナギ・イザナミの国産み神話
        オンゴロ島のくだり は津波のことだった

2012/05/04ツイッターより

最新研究報告です イザナギ・イザナミの国産み神話に隠されたメッセージの解読!


二人は、海水をかき混ぜる。オンコロ・オンコロと音を立てて、棒を海水から抜いて、水滴が落ちる。そして淡路島、オノゴロ島ができた。
オンコロ、オンコロという音は何なのか。国造り神話とは何をメッセージしているのか。

まずは、取り掛かりから報告しよう。
posted at 18:28:07
今、あと1週間でやらなければならないこと、それは、防災のマンションの取り組みを発表することになったこと。この連休もTEDコンファレンスの研究、プレゼンテーションに気をつかってるのよね。
posted at 18:32:59
結局、いくつネタを持っているかが、柔軟な対応に大きく影響する。すると、去年の講演のときより”新しいネタ”「びっくり」を用意しなきゃならないんだ。
posted at 18:35:16
今回、防津波対策として、大阪港を閉鎖することを提案しようと考えた。去年は、大阪湾の閉鎖を提案した。
posted at 18:36:48
そうなんだ、ちょっと2番煎じのきらいがあるんだなー。そこで一工夫、それは、コンファレンスまでの秘密。だが、3.11から1年たって、テンションが下がりつつある[大坂の現実]、そこへ打って出る「ネタ」
posted at 18:39:11
大坂→大阪ですね。しかし、本当は逢坂、そして「逢うせ」・・・どんどん、時間を遡りましょう。といいたいの
posted at 18:41:27
大阪の津波のあとは、天王寺動物園の逢坂にある、安居神社の石段にある。ここは、真田幸村最期の地でもあるが、ここが海抜6mから9m。これをして、大阪の津波の危険度を「あーだ、こうーだ」している。
posted at 18:43:49
ちょうど、そのことをTEDコンファレンスじゃなかった。講演でどう挿入しようかと考えていたとき、ある以前からある疑問を思い出してしまった。それも口にしていいのだろうか。
posted at 18:45:24

大阪狭山池(海抜70m)に2回も海水が入っていた・・・

2年位前の新聞ネタで、大阪狭山池から、海生ケイソウプランクトンが出てきているのだ。これがいわゆる「津波ネタ」に誰も使わなかった理由が、
posted at 18:47:11
大阪狭山池は海抜70mのところにある。・・・そんな津波を誰が「本気」にする?・・(今の私を除いて)
posted at 18:48:27
仕事で、このネタを振ってみたら、誰しもが「なんで、なんで」と質問をかえしてくるばかり。答えられない。でも、2つ用意した。
posted at 18:49:37
海抜70mの池に海水が流入する理由その① 人間が何かの理由で、宗教とか、大量に海水を狭山池に入れた。・・・絶対に無い話だな。昔から、弥生の昔から、稲作の灌漑用水池だから、絶対にない。
posted at 18:52:02
理由その② 大阪湾に隕石が落ちた。・・・これが、「オチ」なんてね。と笑いを取ってお仕舞。恐竜の絶滅どうよう。大阪人絶滅、「みんなで死ねばこわくない」ですわ。
posted at 18:54:01
つまり、こんな「オチ」を講演したら、会場から追い出されるかもしれないし、、、
posted at 18:55:55
この連休の初日4/28理科のフィールドワークという遠足を催した。「隊長」だ。明石大橋科学館で、橋の位置と断層のパネルを見ていた。あの大橋は、実は非常識はなはだしい立地条件じゃないか。
posted at 18:59:18
野島断層を橋が跨いでいるだけじゃない。あの断層と60度くらいでつまり、海峡と同じ方向、六甲山と同じ向きに無数の小さい断層があるんだ。あの大橋は運がよかっただけ、80cmだか1mいくら設計変更ができて完成した。まさに断層銀座の上に
posted at 19:07:16
そんなことなんかを思い出しながら、何を新ネタにしようかと考えていたら、もう一度、淡路島の地勢図を見たんだな。そして、狭山のケイソウの話を再度HP検索したんだな。・・・・大当たり
posted at 19:10:14
狭山池の海水侵入は、5世紀と16世紀の地層に残っていた。そのHPは、16世紀の分について、慶長の地震津波と考えたようだ。(川の津波遡上が70m・・・考えられない)そのHPも苦しんでいるわけ、
posted at 19:13:13
5世紀は、仁徳天皇のいた時代とされている。[歴史学者は架空の人物としていて、神話時代の人になっている。仁徳陵を掘るしかない・・・今はできない]歌も残っている。浮気ができなかった、くそうー、、みたいな
posted at 19:15:59
もうそろそろ「ネタ」ばらさなきゃね。
posted at 19:16:31

オンコロ オンコロ・・これは「津波」の記述だ

イザナギ・イザナミは、海をかき回し・・オンコロオンコロ・・これは「津波」の記述だ。オンコロオンコロというオノマトペ擬音表現は、津波に襲われたときの轟音だ。仁徳の時代に(5世紀前半の人という説を採用して)難波とか、浪速という地名はあったはず。
posted at 19:20:53
よく、難波、浪速は「津波」のことだとして、最近引用の多いことだ。本当に5世紀に大阪湾だけの大津波が発生していたんだよ。
posted at 19:22:26
信じていないね。1792年5月21日、熊本で大津波が発生している。島原大変肥後迷惑。雲仙だけの噴火と山体崩落が有明に落ち込み、大津波になったんだ。
posted at 19:25:24

大阪の対岸淡路島で巨大崩落があった!

これが、5世紀、淡路島で起きた。実は、1955年1月17日の阪神淡路大震災まで、野島断層は知られていなかった。知られていたのはその東側にまったく同じ方向の淡路島を縦断する巨大断層のほうだ。
posted at 19:27:22
地勢図を良く見ると、この断層は、東浦地区で、数キロうやむやになっている。しかも、東浦の地形は、ここだけ他のところとまったく違っていて、いわゆるボコボコ、おまけに、海に飛び出しているんだな。
posted at 19:29:21
発見!5世に発生した大阪湾大津波は、淡路島北東部の断層地震にともなう山の崩落、そして、それが海へ落ち込んだだめだった。
posted at 19:31:19
国造り神話の最初がなぜオノゴロ島でなければならなかったか。その大津波のが弥生時代で、神話作成の時期だったのだ。
posted at 19:55:54
オノコロ島は、淡路島という説と家島諸島という説があるらしいが、<正しくは>大阪湾の西側の島々、昔の人にとってその大津波は「国」を再建しなければならなかった大事件だったはず、仁徳が淡路島に行幸してオノコロ島を見たというのは、津波が淡路島のもっと西から来たと思ったからなんだ。
posted at 19:59:31
慶長の大津波は1605年2月3日だそうだ。これは、いわゆる連動型大地震。おそらく、この津波だけだったら大阪湾は10m(さばを読んでいます)の津波、川の遡上が数キロとして、狭山池を海水で汚染できたか?ここは、学者が誰も後押ししていないのが答えのような気がする。すると
posted at 20:04:01
この地震は、揺れが小さかった。いわゆる「津波地震」であった。しかし、ウィキペディアには、「気になる」地名が出てくる。揺れがひどかったのは淡路島の安川村たぶん震度5強から6弱、ここだけゆれている。あの断層が動いたかもしれない。そして、5世紀とおなじような崩落が・・・
posted at 20:09:53
ちょっとここまできたら、内のかみさんじゃないが、サスペンスの見すぎですかね。ただし、防災の観点で、「悪いほうへ」シフトして考えるなら、東海東南海南海連動型地震が淡路島の丑寅に走る断層に影響するとするなら、、、、
posted at 20:12:54
あーやばいやばいやばい、ファミトーは8階まで津波にやられる。[9階はオラが家]
posted at 20:14:16
あいやー、ちょっと夕食で中座しました。その間、かみさんとサスペンスを見ながら、頭の中は、さっきの続きでした。そして、私、とんでもないことを分かってしまったみたいなんです。
posted at 21:45:35
5世紀にその前半に大津波があったとしたら、それはどうやったら証明できるのだろうかと。意外と誰もが知っている事柄が次々に思いつきました。
posted at 21:47:00
まず、第一は、これは弥生時代の古墳時代最盛期です。津波を経験した為政者たちは、海岸段丘の上段、少なくとも仁徳天皇陵墓(あえて、大仙古墳とは呼ばない)より上に作ったはず。その通りです。
posted at 21:49:20
あの前方後円墳は、なぜ、二重三重の堀があるのか。少なくとも、奈良県の古墳には、あんなしっかりした堀は少ないような気がします。そのこちえも、防津波堤防をかねていたからです。
posted at 21:51:02

池上曽根遺跡はなぜ放棄されたか?

もっと行きます。卑弥呼が大阪に居たと信じる人が多いのは、池上曽根遺跡があるからです。佐賀の吉野ヶ里遺跡の展示物が、池上遺跡を参考にしていることでも、その存在意義は重要です。その池上曽根遺跡
posted at 21:53:48
池上曽根遺跡は、紀元前から約600年続いていたそうです。そうです。5世紀の大津波で全部流されたという仮設を此処に発表します。[知的財産権首長ちゃう主張]
posted at 21:55:46
池上曽根遺跡は突然、放棄されています。そして、日本の古墳時代も、5世紀という謎の空白を挟んで大和の国へ繋がっていきます。ここで、数十mの津波が、大阪湾だけの「国造り」の元となった津波があったのです。
posted at 22:12:03
謎の5世紀、大阪を捨てざるを得なくなり、奈良へ山の中へ都を最初に移したのが、飛鳥をつくった人たちだったのです。
posted at 22:13:08

何、計算が200年合わない! 684年白鳳連動型地震による津波が”とどめ”だったんだよ。

そうそう、追加、琵琶湖でも津波があったんですよ。比良山の崩落による対岸近江の津波です。
posted at 06:43:39

Summary
再生可能エネルギーの研究と普及と同時に次のことも研究、実行する。
1.夏場と冬で電力は1.5倍違う[これが平準化できれば、500万kwも夏場下げられる。大阪]、夜昼でも2倍、これを平らにするだけで、原子力から脱却できる。
  [昼夜の需要格差を是正するだけで25%つまり、原子力をカット]
2.山が多い国土、大阪は、三方が300~600mの山。大都市の脇に山があることを好立地とすることから、乾式位置エネルギー貯蔵の可能性がある。
3.位置エネルギーで、電力を貯める。ケーブルカーの原理で、山上に巻き上げ機、山下に、発電所を作る。山の高さは国土地理院が決めるものではない。
4.津波を堤防で食い止めるよりも、津波の高さを下げる方策をとる。阪神・泉南と関西新空港を防護、伊勢・名古屋の防護
5.友が島と加太の間に長さ3km幅1kmの防潮・防災基地を作る。北側に風車を10基立てる。
6.鳥羽と神島の間に長さ3km幅2kmの防潮・防災基地を作る。5.6.をあわせて、沖縄嘉手納基地のヘリコプター部隊を受け入れる。
7.ケーソンを海底に数万から数十万沈めるに際し、今回の放射能汚濁土壌、廃棄物を詰め物として考える。